赤外線サーモグラフィの現状と非破壊評価への適用

阪上隆英(阪大工)

Applications of Infrared Thermography to Nondestructive Evaluation

Takahide Sakagami
Osaka University

1.はじめに
 1960年代に赤外線サーモグラフィが開発されてから現在に至る間,優れた赤外線センシングデバイスの開発と信号処理技術の進展を背景に,赤外線サーモグラフィは飛躍的に進歩してきた.単一あるいは少数の赤外線検出器を使用し,鏡を動かす走査光学系により二次元画像を構成する機械走査型赤外線サーモグラフィから,二次元赤外線アレイセンサを搭載した機種へと変遷を遂げるに従い,赤外線サーモグラフィの性能は,赤外線計測分解能,精度,安定性,計測速度,画素数,あるいは小型・軽量化等,すべての面において向上してきた.このような赤外線画像計測技術におけるハードウエアの飛躍的な進展と呼応するように,赤外線サーモグラフィを用いた応用計測技術も着術に進歩を遂げてきている.材料および構造物の非破壊評価は,赤外線サーモグラフィによる主要な応用計測技術のひとつである.本稿では,赤外線サーモグラフィおよび赤外線サーモグラフィによる非破壊評価技術の発展について概要を述べる.

2.初期の赤外線サーモグラフィとその応用技術
 赤外線サーモグラフィの第1世代と言える機械走査型赤外線サーモグラフィは,科学技術の広い分野に普及し,赤外線サーモグラフィによる応用計測技術の基礎を作った(1).医学分野では人体表面温度計測に基づく循環器病診断技術がその好例である.工業分野,特に非破壊評価の分野では,化学プラントや発電・送電設備の異常発熱検知による保守・管理技術,建築構造物のタイル,モルタル等の外壁仕上げ材の浮きやはく離の診断,コンクリート吹付け法面のはく離診断などに大きな実績をあげた.プラント・電力設備の保守においては,不良部のみが異常発熱し,これが長時間持続するため,熱画像中において不良部を容易に識別することができる.また,建築物の外壁仕上げ材のはく離診断では,一般的に金属材料に比べて熱拡散性が低いモルタル,タイル等の建築用材料の外壁に起こる,昼夜の温度変化を検出している.はく離部には,比較的大きな温度差が生じこれが長時間持続するため,熱画像の取得,熱画像中のはく離部位の識別も比較的容易である.このように,赤外線サーモグラフィ法による非破壊検査は,定常状態における熱画像計測において十分に検出が可能である不良箇所,あるいは熱画像に大きな変化が現れる,材料・構造物中の比較的寸法の大きな欠陥の検出から始まった.

3.赤外線サーモグラフィの発展とこれによる非破壊評価技術の進歩
 1980年代の後半には,赤外線サーモグラフィの第2世代と言える,赤外線アレイセンサを搭載した赤外線サーモグラフィが開発され,赤外線サーモグラフィの性能は大きく向上した.アレイセンサの長所を活かして,画像内の各画素における計測値の同時性を維持しながら,ミリ秒オーダでの高速デジタル計測が可能となった.これにより,従来の赤外線サーモグラフィでは計測し得なかった,非定常の熱現象を精度良く計測できるようになった.温度分解能を示すNETD値(ノイズ等価温度差)も0.02℃以下にまで向上し,さらに,各赤外線検出器間の赤外線信号の特性および出力値のバラツキを補正する信号処理機能も進歩し,熱画像の質も向上した.これにより,従来の赤外線サーモグラフィでは,熱画像において識別できなかった,温度変化が小さな領域も高精度に識別できるようになった.このことは,赤外線サーモグラフィによる非破壊評価技術の発展に大きな駆動力を与えた.
 新世代の赤外線サーモグラフィの登場は,赤外線サーモグラフィ法の適用対象となる材料・構造物の種類,欠陥の形態を拡大した.温度分解能・精度の向上により,温度変化の小さな領域を熱画像中で識別できるようになり,より小さな欠陥,より深い位置に存在する欠陥を検出できるようになった.さらに,計測速度の向上とあいまって,従来赤外線サーモグラフィ法の適用が困難であった,熱拡散性の良い金属材料あるいは炭素系材料に対してもその適用を可能にした.計測速度の向上は,新しい赤外線サーモグラフィ法を次々と生み出した.これまでのサーモグラフィ法では,自然発生的に生じる欠陥部の温度差をパッシブに計測していたのに対し,計測対象に熱負荷を与えるアクティブ熱負荷による赤外線サーモグラフィ法が用いられるようになった.さらに,温度場計測も,定常状態の温度場計測から非定常温度場計測へと拡張されていった(2-4).これにより,ステップ熱負荷,パルス熱負荷,移動熱源による熱負荷など,赤外線サーモグラフィ法には様々な熱負荷が試みられるようになった.さらに,アクティブ熱負荷の下での非定常温度場計測により,高い熱拡散性を有する材料への赤外線サーモグラフィ法の適用,より小さな寸法の欠陥検出など,赤外線サーモグラフィ法による非破壊検査の有用性は大きく広がった.
 熱画像の高精度・高速計測は,熱弾性応力計測技術も大きく進歩させた.熱弾性効果に基づく応力計測は,材料に引張あるいは圧縮負荷を与えた時に生じる体積変化による微小な温度変動を,荷重負荷に関する参照信号に同期させて高精度計測することにより,材料に生じる応力分布を計測する技術である.熱弾性応力計測法も,出発点は機械走査型赤外線サーモグラフィとアナログロックイン信号処理装置の組合せであったが,赤外線アレイセンサを搭載した赤外線サーモグラフィとデジタルロックイン信号処理装置の組合せにより,応力分布の計測速度が大きく向上した(5).さらに,高性能な赤外線サーモグラフィとデジタルロックイン信号処理装置の組合せは,熱弾性応力のみならず,非破壊検査にも応用され,ロックインサーモグラフィNDTなどの新しい非破壊評価技術を生み出している(6-7)
 最近の顕著な動向としては,非冷却型赤外線サーモグラフィの急速な進歩が挙げられる.これまでの赤外線アレイセンサには,冷却が必要な量子型の赤外線検出器が使用されていたのに対し,非冷却型赤外線アレイセンサにはボロメータ型あるいは焦電型などの熱型の赤外線検出器が使用されている.特に最近のマイクロマシニング技術の進歩により,優れたNETD値のマイクロボロメータ赤外線アレイセンサが開発され,赤外線サーモグラフィに搭載されている.非冷却型赤外線センサの進歩は,赤外線サーモグラフィの小型・軽量化および低価格化を可能にし,赤外線サーモグラフィによる非破壊検査技術をさらに普及させる原動力となっている.最近多発したコンクリート構造物からのコンクリート片剥落事故により,現場で簡単に実施できる効率的な面探傷技術の開発が望まれている.非冷却型赤外線サーモグラフィは,小型・軽量かつ低価格であること,検出器の赤外線検出波長帯域が長波長であるため屋外での計測においても太陽光の反射の影響を受けにくいこと等の理由により,コンクリート構造物の面探傷技術への適用が検討されている.

参考文献
1) S. Burnay, T. Williams, C. Jones (編): Application of Thermal Imaging, Adam Hilger, (1988).
2) J. Spicer, W. Kerns, L. Aamodt, J. Murphy: Proceedings of SPIE Vol.1467, p.311, (1991).
3) K. Cramer and W. Winfree: Proceedings of SPIE Vol.2766, p.202, (1996).
4) L. Favro, X. Han, P. Kuo, R. Thomas: Proceedings of SPIE Vol.2473, p.162, (1995).
5) J. Lesniak, B. Boyce: SPIE Proceedings Series Volume 2473, p.179, (1995).
6) T. Sakagami, S. Kubo: SPIE Proceedings Series Vol. 3700, p.369, (1999).
7) 阪上,久保ほか:日本機械学会講演論文集,No.014-1,p.6-15, (2001).


Last Updated July 13, 2001